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2014.11.22 Saturday

才能

最近思うのは才能というのは資産のようなもので
人それぞれ生まれた時点で絶対的な格差が存在するのは事実だと思う。
でもどんな金持ちも貧乏人も何もしなければ
生きるだけで資産は減る一方なので
増やすなり維持するなりの努力が必ず必要になる。
才能も同じで何もしなければ減ることはあっても増えることは絶対にない。

若い頃はスタートした時点での差が大きいが
ある年齢になるとそれまで積み重ねてきた事の方が影響力が強いことを
この歳になって実感、痛感することが増えてきた。
1stアルバムは最高なのに後は全部クソみたいなミュージシャンは
元々持っている才能だけに依存して増やす事に失敗した典型例だと思う。

もちろん努力すれば報われるとか、
結果が出せるなんてそんなお花畑な事を言うつもりはない。
この世界では評価をするのは自分ではなく常に他者だし、
人生は外的要因や偶然に左右されることがあまりにも多すぎる。
仮に資産を増やすにしても元々多くのものを与えられた人の方が有利に決まっているし、
積み重ねる事を避けて生きてきた人が
ちょっとがんばったくらいで結果を出せるのなら誰も苦労しない。

結局自分の力でコントロールできるのは元々持っているものを増やす事と守る事、
そしてこの身も蓋もない事実に対して
どのような態度でどう向き合うか、関わるのかくらいなんだと思う。
でも格差や不条理だらけのこの世界でここだけは万人に共通している法則なのは面白いと思う。

07:33 | voice | - | -
2014.10.08 Wednesday

欠陥

好きな事を仕事にするには才能が必要と言われるけど
個人的には欠陥や欠落の方が必要なのかもしれないと最近考えている。

例えばセックスが好きだからAV男優になろうなんて普通は思わない(笑)。
そこまで極端ではなくても
ラーメンが好きだからラーメン屋で働こうとか
開業したいと思った事は人生で俺は一度もないし、
ランニングが好きだからオリンピックを目指そうとか思った事もない。

でもそう思っちゃう人というのは世の中には確実にいて
そんな人はポジティブな言い方をすれば向いている、
適正があるという言い方が出来るけれど
普通に考えたら頭がおかしいとしかいいようがないよね。

昔はむしろそっちが普通だと思っていて
好きな事をやっているはずなのに本気を出さなかったり、
簡単に諦めちゃう人達に対して
根性無し、無能扱いしていたところが正直あった。

でもよくよく考えてみると彼らの方がむしろ普通なんだと思う。
普通はいくら好きな事とはいえ
音楽を365日24時間も取り組みたいなんて思わないし
時間もお金も音楽だけじゃなくて
他のモノやコトにも使ってみたいというのが普通の感覚である事を
ここ1、2年の間くらいで気づいた。

おかしかったのは実は自分の方だったという。
どうりで話が通じなかったわけだ…(笑)

でも普通じゃないから、普通の何かが欠落しているからこそ
極端なくらいに何かに取り組めるし、好きになれる。

実際に多くのプロのミュージシャンに会ってみると
不思議な事に才能よりも欠落や欠陥の方が目立つ事が多かったりする。
もちろん普通の感覚もわかっている常識人っぽい人もいるんだけど
根本的にはどっかが欠けてるというか狂ってる(笑)。

それに対して俺がこれまで会ってきた
いまいちブレイクスルー出来ない人の共通点を見ると
だいたいの場合、普通なんだよね。

極端に何かが好きだったり、何かが嫌いな人って実は案外少ないし
極端な行動や経験、体験もなかったりする。
だから仮に本人は一応がんばって努力しているつもりでも
あくまで普通の範囲内の取り組み方だから
大きな失敗をしないかわりに普通やそこそこの結果しか出せない。

もちろん幸せに生きたい、安定が欲しいのならそれが正しい姿だと思うけど
音楽に限らず好きを仕事にする世界や自分の看板で仕事をする世界に
そんな普通の人が入って来ると不幸になると思っている。

だってみんな普通じゃないから。
たまたまその世界の水が合っていただけで
むしろ普通の感覚だったり、
普通の世界では頭のおかしい社会不適合者というか
もっとキツい言葉を使うのならある意味欠陥品ばかりだから。

17:21 | voice | - | -
2014.08.27 Wednesday

モチベーション

最近違和感のある言葉にモチベーションという言葉がある。
これまでも普通に使ってきたんだけど年々違和感を感じるようになって。

よく音楽を辞める人の理由の一つに
「モチベーションがなくなった」
というものがある。

実はレッスンでも
「最近凹み気味でしたが今日のレッスンでモチベーション上がりました」
なんて言ってくれる人が最近いたんだけど
嬉しいと思いつつも正直違和感を感じてしまって。

なぜかというとモチベーションってそんなに大事なのか?と。

だって飯食ったり、風呂入ったり、トイレ行ったり、顔洗うのに
いちいちモチベーションなんかいらないでしょ(笑)。

それなのにどうして音楽やるのにモチベーションが必要なのっていう。
もちろんめんどくせぇなぁと思う時、
調子が悪い時、当然あると思うよ。

でもそれってモチベーションがないからじゃなくて
単にテンションが上がっていないだけ、
気分がノってないだけだと思う。
本当に音楽が好きなら
また何日かすれば自然とやりたくなるはずだし
俺はそんなサイクルをずっと繰り返して今まで音楽と付き合ってきた。

だからモチベーションなんかなくても
音楽なんて普通に出来ると思っているんだけど
モチベーションって言葉をいちいち使いたがる人って
やらない言い訳であったり、出来ない言い訳を作るために
あえてモチベーションという言葉を使ってしまっているのではないだろうか?
もしくはモチベーションという言葉に
自分の行動をコントロールされていないだろうか?
と思うんだよね。

人間って思考が使う言葉を決定していると思いきや
実はその逆で言葉が思考を規定しまうという話をどこかで聞いた事がある。
だから知らない言葉を思考する事自体が不可能という事。

よく昔からアーティストやクリエイターは
たくさん本読めと言われている理由はここにあるのかと個人的に思っている。

ただこれはネガティブな一面もあってたくさんの言葉を知れば知るほど
世界は広がると同時に可能性を殺してしまう危険性もあって。
それはそうだよね。
言葉にはいい言葉だけではない。
否定の言葉もあるわけだから。

だから頭の良い人、賢い人ほど基本的にネガティブで自分に自信がない事が多い。
それは否定の言葉や知識をたくさん知っているから。
逆にバカやDQNほどやたらセルフイメージが高くて行動力がある。
実際に意外と恋愛市場ではインテリよりもDQNの方が成功しちゃってたりする。

言葉を知れば知るほど世界は広がる。
その一方で可能性を殺してしまうリスクも上がる。
ある意味お金と似ているよね。
付き合い方一つで人生の方向性が大きく変わるだけの影響力があるし
一切関わらずに生きていく事も絶対に不可能。

とちょいと脱線しましたが
モチベーションなんて言葉も実は元々自分の中にある概念ではなくて
他の誰かが作った言葉であり、
そんな言葉に自分の意思決定を左右されてしまうのは
正直もったいないと思うわけ。

もちろんモチベーションという言葉をポジティブに捉えれば
目標達成のための燃料のように使えるのかもしれないけど
それって言葉で自分を洗脳しているようなものだから
個人的にはあまりいいやり方だとは思わなくて。
ドーピングしてスポーツの試合やるようなもんだし
仮にそれで勝ったとしても嬉しくないでしょ。
だからいわゆる「ポジティブシンキング」は基本的に嫌いです。

一度脳にインストールされてしまった言葉を消す事は出来ない。
アンインストール不可能なのが言葉の恐ろしさだと思う。
でもどの言葉を使うか選ぶ事は出来るはず。

俺はモチベーションという言葉に関しては今後極力使わない事にしました。
自分にはあまり必要ないから。

17:58 | voice | - | -
2014.08.20 Wednesday

才能が宿る場所

自分に向いているモノやコトというのは
案外自分が向いてないと思い込んでいるモノ、
嫌いと思い込んでいるコトなのかもしれないと最近思う。

twitterにも書いたけど俺は元々人間が大嫌いで
人とコミュニケーションしたくないから音楽やっていた一面があった。
だけどそんな自分がコミュ力が要求される講師の仕事にハマるなんて思わなかった(笑)。
おかげさまで右肩上がりで上手くいってます。

それにそもそも音楽なんて子供の頃は大嫌いだった。
でもそんな自分が中学でプロになると決意して
なんだかんだ今は仕事にしているのは本当に不思議だと思う。
秋元康がAKBでどこから見てもセンターやリーダーに向いてない子を
あえて抜擢する理由もわかるというか。

その一方で自分が向いていると思い込んでいたモノやコトが
絶望的に向いてない場合もある。
俺の場合はギターかな。
初めて持った瞬間に簡単なソロが弾けたし、
最初の難関と言われるFのコードなんて一週間もかからなかった。
思わず天才だと勘違いしたよね(笑)。
でも結局は10代の頃からほとんど上手くならずに
ギターを始めて17年目に才能がない事に気づいた。
どんなに練習をしても、どんなに最先端のメソッドを受講してもダメだった。

結局自分はギターに関しては多少要領が良かっただけで
ギタリストとしての才能や適正は一切なかった事に気づいたときは
これまでの全人生を否定された時くらい絶望した。

だから好きな事を諦めたり、
音楽の道を断念した人の気持ちは痛いほどわかっているつもり。
誰かにとって嫌いな事、向いてないと思っている事に実は才能や適正が宿っていて
それを悪魔に魂を売ってでも手に入れたい人には全く宿ってないなんて
神様はなんて残酷な事をするんだろうと正直思う。

もちろんだからこそ人生面白いとも思うし
どうせなら想定内より想定外のブレイクスルーの方が面白いとも思うけれど。

01:49 | voice | - | -
2014.08.07 Thursday

無料の壁

わりと仕事柄プロを目指す人と多く会うので
プロになりたいとか音楽で飯を食いたいという気持ちはよくわかるんだけど
一つ抜け落ちてるな〜と思う事があって。
それは無料の壁を超えずに
いきなり音楽で人並みに仕事をしたり
金を稼ぐなんて言うのは不可能だという事。

無料の壁、
つまり無料で聴いてもらえるとか
無料で頼まれるという段階を超えないと
その先というのは絶対にない。

特に現代ならYoutubeでもなんでもいいけど
そういったツールを使って一切反応がないようなら
仮にリアルの世界でどんなに足を使ってがんばっても
ファンがついたり、仕事が頼まれるようなことはない。

さらにイヤな事を言うと最初は無料どころかむしろ有料なのが現実だと思う。
バンドならノルマを自腹切ったり、
クリエイターなら自腹で機材を揃えたり。
その他レッスンやスタジオでの練習代など考えると
相当な金額を身銭を切って払わなければいけない。

そこでやっていくなかである程度認められて
やっと無料で聴いてもらえる段階にステージが上がるんだけど
そこにすら到達出来ない人が正直過半数だと思う。
Youtubeにアップして一年経っても再生数100以下の人なんてざらにいる。

仮に無料の壁を超えても
今度は小額の壁(一応金はもらえるけど食っていくにはあまりにも少な過ぎるレベル)
があるのでそこを超えるのもまた大変。
無料の壁を超える事に諦めなかった人達の多くもそこで脱落することになる。

なので音楽で人並みに金を稼ぐっていうのはスゴく大変。

でも結局のところの音楽で飯を食うというのはその積み重ねの結果でしかないし
今プロとして仕事している人達は全員そのプロセスを踏んでいるはず。

もちろんプロを目指したり、
仕事にしたい人達を応援する気持ちはあるけど
その前段階の無料の壁というのを軽視や無視をせずに乗り越えて欲しいとなと。

仮に自分が適正があるのかわからない人は
まずは作品をネットで公開してみるのをおすすめします。

たまに社会人の人とかで

「会社辞めて音楽の世界を目指します!」

みたいな気合いの入りすぎた人とかいるんだけど
まずは無料の壁を超えてみてください、
会社辞めるのはそれからでも遅くないですよ、みたいな事はよく言ってりします。

まずはそこで自分を試して欲しいなと。
意外とネットってフェアなところがあるのでマトモなものなら
最低限のマーケティングやネット上でのマナーさえ守っていれば
案外簡単に反応が来るものだから。

あとこのエントリーは決してミュージシャンを
ただ働きさせる事を推奨しているわけではないのでそこは誤解なきよう。

12:01 | voice | - | -
2014.08.04 Monday

クラシック

最近クラシックを本格的に学び直しているのだけど難しいね。
なぜかと言うと禁則などの細かい縛りがあるから
今日的な感覚でいうところの音楽的な事や面白い事をやろうとすると
すぐに禁則に引っかかってしまう。
なのでおのずと無難な様式美的なものに落ち着いてしまう(笑)。

そんなのもあってクラシックからドロップアウトした人は
(俺のそのクチです)
現場では全然役に立たないよといった言葉をしばしば口にする。

現代のポピュラー音楽は極論カッコ良ければOK、
新しかったり、なうならOK、
リスナーやシーンに認められさえすれば
理論的にNGな事がOKになってしまう事もままあったりする。

最近、某アニソンの曲をレッスン用に採譜してアナライズしてみたら
歌メロの結構目立つ場所にアボイドノート、
簡単に言うと不協和な音が発生していてビックリした事がある。
もちろんちゃんとしたプロの作家が作った曲で
一応現代の音楽理論でもそこは教科書的にはNG。

でもそこがある種の印象的な部分というか
その曲のフックになる部分でもあるかなと思えた箇所でもあって。
実際に結構売れた曲だし。
なので現代のポピュラー音楽は
チョコパフェにトンカツが刺さってるくらいなんでもありなのが現状だと思う。

そんななんでもありの現状の中、
今更制限だらけの自由度がなく、
さらにいうと仕事にほとんど直結しない音楽を学ぶ事は
正直無駄なのかもしれない。

でもこの無駄な事が楽しいし、面白い。
特に最近は無駄と思えるコトやモノを
いかに自分の現実に活かすかという事に興味があって。

実は最近、宗教や哲学の本もちょくちょく読んでいるんだけど
ハッキリ言って現代の社会が抱えてる問題、
例えばブラック企業や雇用問題、格差社会、シングルマザー、
高齢化社会、学校のいじめ問題についての具体的な解決法なんてどこにも書いてない。
もちろんLineで既読無視された時の対処法や
秒速で金を稼ぐ方法なんていうのも書いてない(笑)。
とにかく難しく抽象的な言葉だらけ。
ハッキリ言って頭が痛くなるばかり読むのは無駄に思える。

でも一方で時代の経年変化に風化せずに耐えた実績があるというのも事実なわけで。
どんな世界も古典と呼ばれるものは現代でも淘汰されずに残るだけの理由は必ずある。

今抱えている問題に対するマニュアルとしての機能であったり、
すぐに実生活に反映出来る即効性はなくても
ちょっと読んでみると人間の悩みや本質なんてものは
今も昔もたいして変わってないのは不勉強な俺でも一応は理解は出来るし、
何よりもそういった本質的な事に取り組んだり、
それをどう自分の現実に活かせばいいのか考えるプロセスにこそ価値があるのかなと思って。

だからクラシックを学んだからといって
仕事が増えるとかレッスンの生徒が増えるとか
そういった即物的な効果なんて期待はしていないけど
クラシックを学ぶ事で少しでも音楽の本質のようなものに触れたり、
現代の音楽との接点や可能性に気づける事が出来るのならそれだけで充分なのかなと。
もちろん技術や知識にも磨かれる面は確実にあるとは思うし
そんなの抜きにしても単純に取り組む事自体が楽しいんだけどね。

昔は大嫌いだったクラシックに対してこう思えるようになったのも
プロとして必要な技術や知識をある程度習得したからというのが大きいんだと思う。
現場で使えるプラグマティックな技術や知識は
それはそれで大事だと思ってるのは今でも変わりはないし。

そんなわけで学んでいく中で何か面白い話があったらまた何か書こうと思います。

PS1
レッスン生の声を更新しました。
男塾と揶揄されることが多い我がレッスンですが今回はなんと女性の声です!
ページの下二名の方が今回アンケートに答えてくれました。感謝!
http://kohtaro.com/wp/lesson/student/

PS2
チャンネル登録700人突破!
ありがとうございます。
http://www.youtube.com/user/kohtarooffical

00:18 | voice | - | -
2014.07.02 Wednesday

譜面が読めるという言葉の本当の意味

読書とは著者との対話であるとよく例えられるけれども
譜面も同じようなものだと思っていて
読譜は作曲者との対話だと思っている。

よく譜面読めることで何のメリットがあるんですか?と質問されるけれど
これが個人的に大きいと思っている。
作曲者がどんな意図で曲を作ったのか譜面読むことでわかるから。

ただ日本語が読めると本が読めるでは意味が全く違うように
音符が読めると譜面が読めるでも意味が全く異なってくる。

第2間はラの音でCのコードはドミソで#がつくと半音上がります!
くらいではただ音符が読めているだけ。

なぜ作曲者が楽曲の中でラの音やCのコードを選択したのか、
その背景が見えなければ、感じられなければ
少なくとも譜面が読めるという段階ではない。

「私は譜面が読めます!」「初見がききます!」
と言うほとんどの人が音符が読めるだけの
浅い理解で終わってしまっているのが個人的にもったいないと思う。

そのフェイズを超えて
本当の意味で譜面が読めるようになると一気に世界が広がるし、
何よりクリエイターとしてのインプットの質も格段に変わる。

そのためには理論的な理解が不可欠になるけれど
まずは音楽聴きながらスコア読むだけでもいいと思う。
そこで注意なのはただ音符を追うのではなくて
作曲者と対話するように意識してみる。

ここでG7のコードが二小節続くのは
その後のCのコードへの解決の動きをより煽りたかったのかな〜とか
俺だったらここでドミナントのコードは使わないよとか
このII-Vの連続はぶっちゃけ手抜きじゃねwとか
ここのハモるタイミングで思わずグッとくるよなぁとか
そんな程度でOK。

そんな感じで何かの法則だったり、
構造や意図が見えたりしたら作曲家やアレンジャーのセンスあり。
さらに譜面を見て美しいという感覚も感じられたらかなり作家向きだと思います。

PS
Youtubeの総再生回数が40,000回を超えました!
http://www.youtube.com/user/kohtarooffical

21:30 | voice | - | -
2014.06.19 Thursday

プライドの高い努力家

この世には独学だと失敗する人種がいて
プライドの高い努力家はまさにその典型だと思う。
まさに昔の俺のことなんだけどね(笑)。

この世で一番確実な成功メソッドは結果出している人の真似をすること。
よく色んな成功者が素直な人が成功すると言っているんだけど
プライドの高い努力家はそれを素直に認めることが出来ない。

さらにタチが悪いことにその分を努力や気合でカバーしたり、
自分流のやり方にこだわるあまり明後日の方向に行きがちな傾向にあるので
努力量と欲しい結果がどんどん反比例するという悪循環に陥りがち。

ではこんなタイプはどうしたらいいかというと
素直になるんじゃなくて素直になれる人を見つけるのがいいと思う。
俺もそうだからよくわかるんだけどプライドの高い努力家は
自分よりも明らかに上だと認めることが出来る
尊敬出来る師匠的な存在に関しては素直になれるし
元々が努力家体質なので一度素直になれば水を得た魚のようにどんどん伸びていく。

それに人の言うことやアドバイスを何でもかんでも鵜呑みにする人は
俺は正直嫌いというかそれは素直ではなくて単なるバカだと思ってる。

なので身に覚えのある人は今更素直になろうなんて無駄な人格矯正するよりも
この人だったら素直になれる人を見つけた方が
手っ取り早いことは個人的な経験からも自信を持って言える。

で、そのとき注意なのは
仮にどんなに実績があろうと、
どんなに学歴があろうと、
どんなにいい人そうであろうと
心から尊敬出来ないと思わなかったらその人に習ってはいけない。

「この人はぶっちゃけ尊敬出来ないけど
有名ミュージシャンと仕事してたり、有名音楽学校出身だから
とりあえず着いていっても損はないぞ。
もしかしたら誰か業界人紹介してくれるかもしれないし…フヒヒ」

みたいな下心や損得勘定では
ハッキリ言ってお互いのためにならないし何より時間とお金の無駄。

これはもちろん俺のレッスンでも同様の話。
ぶっちゃけkohtaroのことはあんまり好きじゃないけど
動画もわかりやすかったし料金も安いから習ってみようかな、
という人に対しては俺は力になれないし、むしろ関わりたくない。

俺が習っていた師匠も正直派手な実績がある人ではなかったけど
そんなの通り越して心から尊敬出来たから素直に習うことが出来たんだと思う。

もちろん師匠と呼べるような人と出会える事自体がある意味運任せなところがあるし
会社や学校ではそんな人と巡り会える可能性なんて滅多にないことは重々承知している。

でも音楽のレッスンや講師なら自分で探すこと、選ぶことが出来るはず。
そこは面倒だとは思うけれど
是非自分の力で尊敬出来る師匠との出会いを探してもらいたいな、と。

その中で仮に俺との縁があれば嬉しいな、と思ってます。

PS
Youtubeのチャンネル登録600人突破!
ありがとうございます。
http://www.youtube.com/user/kohtarooffical

17:59 | voice | - | -
2014.06.03 Tuesday

これからの人生で、今が一番若いからだ

年をとると物覚えが悪くなると言われているけれど
俺の場合は年々物覚えが良くなっている感覚がある。

もしかしたら脳力や脳細胞は劣化や減少しているのかもしれないし、
経験や鍛錬によって衰えた分をカバーしているだけかもしれない。
(あ、でも見た目に関しては劣化したのは認めます 笑)

でも10代の頃よりも出来る感覚があるのは事実で。
少なくとも音楽理論や作曲関係の本に関しては
一回読めばだいたい書いてあることがわかるし作曲やレッスンにもすぐに反映出来るし
音楽だけではなくて他の分野のことも若い頃よりも全然飲み込みが良くなった。

これは俺が元々、地頭が良いとか天才だからとかじゃない。
今の自分が持っているものは99%後天的に手に入れたものだと断言出来るし
仮に先天的に何かを持って生まれてきたのなら
10代の頃の俺はあんなにバカではなかったはずだ(笑)。

レッスンでも50代の女性の方がいるんだけど順調に伸びています。
もちろん元プロミュージシャンとか音大出身とかそんな経歴はなし。
子供の頃ピアノを習ったのとちょいと趣味でバンドやったくらいで
50を過ぎてから作曲を習い始めるスロースターターなんて
常識的に考えたらかなり異端なのかもしれないけど
それでも年齢が半分くらいの他のレッスン生よりも順調に伸びているんじゃないかな。

そう考えると年齢を言い訳に何もしないのはとてつもない機会損失だと思う。 

ローマ帝国の学者カトーは80歳を過ぎてからギリシャ語を習い始めて
(ちなみにギリシャ語は世界でも難しいとされている言語らしいです)
周囲からはなんで80歳を過ぎてからわざわざそんな難しいこと始めるわけ?
と質問されたときに

「これからの人生で、今が一番若いからだ」

という言葉を残したのは有名な話。

もちろんそれで結果が出るのか、成功するかはわからない。

でも大事なのは何歳になっても新しいことや知らないことに
取り組もうとする姿勢だと思うし
細かい結果よりも取り組むプロセス自体を楽しめたもの勝ちなのかなと。

逆に他の同世代を見て感じるところでもあったりもするけど
年齢を言い訳に何もせずただ日々を過ごすだけでは
人はだんだんとオジサン、オバサン化してしまうのかもしれない。

PS
使える音楽理論のモーダルインターチェンジ編の動画が
アップしてから一年半、ついに再生数20000回を超えました!

http://youtu.be/236J9dd5_s0

13:28 | voice | - | -
2014.05.06 Tuesday

満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い

ちょっと前に本を読む人、読まない人の比較画像というものが
ネット上で話題になったんだけど思わず感心してしまった。
ちなみにこれね。

要は本を沢山読んで学んでもその先に見えるのは厳しい現実という絶望。
それなら本なんか読まず、何も学ばず
無知な世界の範囲内で呑気に暮らした方が幸せなのかもしれない。
というよりも人生に「楽しさ」のみを追求するのなら
その方がコスパがいいに決まってる。

多くの芸術家や哲学者が自殺や発狂するのも個人的にはよくわかるというか。
彼らは人よりも多くのものを学んだり、感じたり、創造してきたわけだけど
その先に待っていたのは結局は絶望だったという。
だったら生きていても意味がないよね、
みたいな思考モードになるのもある意味当然の話なのかもしれない。

それでも俺は絵の右側の人間の方でありたいと思う。

ジョン・スチュアート・ミルという有名な思想家が

「満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。
同じく、満足な愚者であるより、不満足なソクラテスである方が良い」

という言葉を残しているけどまさに自分の思っていることを代弁してくれている。

無知や不勉強さからくる妄想を夢と呼ぶならそんなものは俺はいらない。
現実を知らないからこそ感じられる楽しさや幸せにも価値を感じない。

待っている先が絶望でもいい。
それでもかまわないからこの世界の現実をもっと知りたいし、向き合いたい。

08:14 | voice | - | -

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